こんにちは。
ちゅんちゅんです 🐣

先週、修士論文を提出して発表会 (兼 審査会) を乗り切りました。

多くの大学の数学科は、学部卒業の際に卒業論文を課しません。
ボクのところも、そうでした。
なので、この修論がボクの初めての論文執筆体験となりました。

数学専攻の修士論文ってどんなものなのか?
という紹介を兼ねて、ボクの修論の内容をザックリ書きます。

ちなみに、数学専攻の修論の内容は大きく分けて次の 3 種類に分別されます。

(1) 未解決問題の解決。
(2) 未解決問題の解決に役立ちそうな新しい計算。
(3) 既存の重要な論文の解説。

一般的に、( ) の中の数字が小さいほど立派です。
(ちなみにボクの修論は (3) に該当します。。苦笑)


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以下、ボクの修論の紹介を書きます。

まず、ボクが修論でやったことを大雑把に書きます。
そのあと、修論の内容をザックリと書きます。


ボクが修論でやったこと

次の 2 つのことを書きます。

(1) ボクの修論の主定理。
(2) 主定理が証明されると何が嬉しいのか。


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(1) ボクの修論の主定理

主定理」とは、その論文の中でいちばん重要な定理のことです。
数学以外の一般の論文で言うところの「結論」に当たるものだと思ってください。

ボクの修論の主定理は、ザックリ言うと、

「$L(s,f)$ という関数をかけ算の形で定義する。
これをたし算の形で書き直すことに成功した!」

という主張です。
(あとでもう少し詳しく述べます。)

最初の方にも書いた通り、ボクは新しい発見はしていません。
ロシア人の数学者 アンドリアノフ の 1971 年の論文の解説論文を修論として書きました。
上の主定理も、アンドリアノフによる結果です。

でも、ただ論文を翻訳しただけでは修論として受理してもらえない (と思う) ので、
次の 2 点を詳しく述べました。

・登場する概念が well-defined であることを証明した。
・主定理の証明の中で読者にゆだねられ省略されていた式変形を、丁寧に解説した。


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(2) 上の主定理が証明されると何が嬉しいのか

さっきは「たし算で書き直した」と漠然と書きましたが、
特に「ディリクレ級数」と呼ばれる形のたし算で書きました。

多くの理系大学 1 年生が微分積分の授業で「ベキ級数」を習うと思いますが、
ディリクレ級数はベキ級数の仲間みたいなものです。
つまり、すごく扱いやすくて便利な級数です。

だから、$L(s,f)$ がディリクレ級数の形で書き表せると安心感が得られます!



ボクの修論の内容

次の 3 つのことを書きます。

(1) ボクの修論の登場人物の説明。
(2) ボクの修論のテーマの問題背景。
(3) ボクの修論の主定理の説明。


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(1) 登場人物の説明

ボクの修論の重要な登場人物は、次の 2 つの概念です。

(1-1) ジーゲル・モジュラー形式 $f:\mathbb{H}_{n}\to\mathbb{C}$ (特に $n=2$ の場合).
(1-2) $f$ のスピン $L$ 関数 $L(s,f)$.

それぞれが何者なのか、以下に説明します。


(1-1) ジーゲル・モジュラー形式の説明

まず、$\mathbb{H}_{n}$ は「ジーゲル上半空間」と呼ばれる空間です。

$n=1$ のとき、$\mathbb{H}_{n}$ は複素平面 $\mathbb{C}$ の上半分を指します。
従って、$\mathbb{H}_{n}$ は複素平面の上半分を一般化した概念であると言えます。

$\mathbb{H}_{n}$ 上の関数 $f:\mathbb{H}_{n}\to\mathbb{C}$ で、
正則性」と「重さ $k$ の保形性
という良い感じの性質を持っている関数を、
重さ $k$ の $n$ 次ジーゲル・モジュラー形式」と呼びます。


本当は $n=1$ のときは $f$ の条件に「有界性」も要請します。
今回主に考えるのは $n=2$ の場合なので、
有界性は気にしなくていいです (ケッヒャーの原理)。

重さ $k$ の $n$ 次ジーゲル・モジュラー形式たち全体のなす空間を
${\frak{M}}^{n}_{k}$ と書くことにします。

ジーゲル・モジュラー形式の重要な性質は、フーリエ級数展開 を持つことです。
つまり、ジーゲル・モジュラー形式 $f$ は次のように表せます:

$\displaystyle f(Z) = \sum_{{}^{t}\! N=N\ge 0} a_{f}(N) e^{2\pi\sqrt{-1}\mathrm{Tr}(NZ)}.$

$a_{f}(N)$ を $f$ の フーリエ係数 と呼びます。


(1-2) $f$ のスピン $L$ 関数 $L(s,f)$ の説明

$L(s,f)$ を定義するために、いくつか準備をします。

まず、${\frak{M}}^{n}_{k}$ 上の線形作用素で「ヘッケ作用素」と呼ばれる作用素を用意します。

ヘッケ作用素の厳密な定義はややこしいので割愛しますが、
ヘッケ作用素は各自然数 $m\ge 1$ に対して定まる作用素です。
そこで、自然数 $m$ に対するヘッケ作用素を $T(m):{\frak{M}}^{n}_{k}\to{\frak{M}}^{n}_{k}$ で表すことにします。

以下、$f\in{\frak{M}}^{n}_{k}$ はすべてのヘッケ作用素 $T(m)$ に関する同時固有関数とします。
つまり、任意の $m\ge 1$ に対してある固有値 $\lambda_{f}(m)\in\mathbb{C}$ が存在して

$T(m)f=\lambda_{f}(m)f$

が成り立つとします。


ピンと来ない人は、
$T(m)$ を「行列 $A$」だと思って、
$\lambda_{f}(m)$ を「$A$ の固有値」、$f$ を「$A$ の固有ベクトル」だと思ってください。

$p$ を素数として、ベキ級数 $\sum_{\delta=0}^{\infty}\lambda_{f}(p^{\delta})t^{\delta}\in\mathbb{C}[[t]]$ を考えます。
じつは、素数 $p$ と $f$ の次数 $n$ と重さ $k$ にのみ依存するような
ある多項式 $P_{p}^{(n,k)}(t),Q_{p}^{(n,k)}(t)\in\mathbb{C}[t]$ が存在して

$\displaystyle\sum_{\delta=0}^{\infty}\lambda_{f}(p^{\delta})t^{\delta}=\frac{P_{p}^{(n,k)}(t)}{Q_{p}^{(n,k)}(t)}$

と表せることが知られています。

特に、次数 $n=1$ のとき

$P_{p}^{(1,k)}(t)=1,\quad Q_{p}^{(1,k)}(t)=1-\lambda_{f}(p)t+p^{k-1}t^{2}$

であり、次数 $n=2$ のとき

$P_{p}^{(2,k)}(t)=1-p^{2k-4}t^{2},$
$Q_{p}^{(2,k)} = 1-\lambda_{f}(p)t + (\lambda_{f}(p)^{2}-\lambda_{f}(p^{2})-p^{2k-4})t^{2} - p^{2k-3}\lambda_{f}(p)t^{3} + p^{4k-6}t^{4}$

となります。

そこで, $f$ の「スピン $L$ 関数」$L(s,f)$ を

$\displaystyle L(s,f):= \prod_{p:素数} Q_{p}(p^{-s})^{-1} = Q_{2}(2^{-s})^{-1}\times Q_{3}(3^{-s})^{-1}\times Q_{5}(5^{-s})^{-1}\times\cdots$

と定義します ($s\in\mathbb{C},\ \mathrm{Re}(s): 十分大$)。
この右辺を「オイラー積」と呼びます。

以上で、登場人物がそろいました。

最後に定義した $L(s,f)$ を足し算の形で表すとどうなるか?
というのが、ボクの修論のテーマです。


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(2) 問題背景

$f$ の次数が $n=1$ のときの $L(s,f)$ について、
1900 年頃にドイツ人の数学者 ヘッケ が次の定理を示しました。

定理 (ヘッケ)

$f\in{\frak M}^{1}_{k}$ を、すべての $T(m)$ たちの同時固有関数とする。
このとき、$L$ 関数 $L(s,f)$ は $f$ のフーリエ係数 $a_{f}(n)$ を用いて次のように表される:

$\displaystyle a_{f}(1)L(s,f) = \sum_{m=1}^{\infty}a_{f}(m)m^{-s}.$


このヘッケの定理の次数 $n=2$ 版を示したのが、アンドリアノフです!
ボクはその $n=2$ 版を修論で解説しました。

ちなみに、$n=3$ 版も最近解決されたらしいです。


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(3) 主定理の説明

主定理を述べるために、いくつか言葉を準備します。

まず、$D<0$ を「基本判別式」と呼ばれる種類の整数とします。
この $D$ に対して、「2 次体 」と呼ばれる空間 $K=\mathbb{Q}(\sqrt{D})$ が定まります。
そして、$K$ の「イデアル類群」と呼ばれる群 $C_{K}$ が存在します。

また、$D$ に対して集合 $X_{D}$ を
$X_{D}=\{N:2次形式\ |\ N\ の判別式は\ D.\ (+\ ちょっとした条件)\}$
とします。
ただし、「2 次形式」とは、
$N(x,y) = ax^{2}+bxy+cy^{2} = \left(\begin{matrix}x&y\end{matrix}\right)\left(\begin{matrix}a&b/2\\ b/2&c\end{matrix}\right)\left(\begin{matrix}x\\ y\end{matrix}\right)\quad (a,b,c:整数)$
の形の式のことであり、
$b^{2}-4ac$ をこの 2 次形式の「判別式」といいます。

このとき、$C_{K}$ と $X_{D}$ の間には 1 対 1 の対応があることが知られています。
よって、$C_{K}$ の群構造を使って $X_{D}$ にも群構造が入ります。

$\chi:X_{D}\to\mathbb{C}^{\times}$ を $X_{D}$ の指標とします (つまり群準同型)。
また、$m\in\mathbb{Z}$ とします。
この $\chi$ と $m$ に対して、$f$ のフーリエ係数の $\chi$-平均 $a_{f}(m;D,\chi)$ を

$\displaystyle a_{f}(D;m,\chi):=\sum_{N\in X_{D}} a_{f}(mN)\chi(N)$

で定めます。

これで準備が整いました。
アンドリアノフの定理は、以下のように述べられます。

定理 (アンドリアノフ)

$f\in{\frak M}^{2}_{k}$ を、すべての $T(m)$ たちの同時固有関数とする。
また、$D<0$ を基本判別式とし、$\chi:X_{D}\to\mathbb{C}^{\times}$ を群 $X_{D}$ の指標とする。

このとき、スピン $L$ 関数 $L(s,f)$ は $f$ のフーリエ係数 $a_{f}(n)$ を用いて次のように表される:

$\displaystyle a_{f}(1;D,\chi)L(s,f) = L_{K}(s-k+2;\chi)\sum_{m=1}^{\infty}a_{f}(m;D,\chi).$

ただし、群同型 $X_{D}\cong C_{K}$ より $\chi$ は $C_{K}$ の指標とも見なせて、
$L_{K}(s;\chi)$ は指標 $\chi:C_{K}\to\mathbb{C}^{\times}$ に関する 2 次体 $K$ の $L$ 関数とする。


ほんとは、この定理の証明についてとかも書きたいところですが、
めちゃめちゃ長くなっちゃうのでこの辺でおしまいにします。

では。